King Gnuのアリーナツアーに行ってきた話
King Gnuのライブに行ってきた。去年のライブハウスツアーには参加していないので、実に2年ぶりだ。
2年前も今も変わらず曲は聞いているのだが、2年前と大きく変わったところがある。それは、去年ついにKing Gnuのファンクラブに入会したことだ。
きっかけは劇場版名探偵コナンを見に行ったとき、映画館で聞いた「TWILIGHT!!!」にとても感動したからだ。大スクリーンと高音質サウンドスピーカーから流れる曲に私の心は鷲掴みにされ、その感動は初めてスタジアムライブに行ったときに感じた高揚感に似ていた。King Gnuの曲を聞いて感動することは私の人生に必要なことだと、映画館で再認識したのだった。
ツアー発表と当落
今回のツアーが発表されたとき、私は当然ドームツアーだと思い込んでいたのだが、公開された情報ではアリーナツアーとある。1公演1万5千人くらいしか入れないのがアリーナツアーなので、倍率を考えて当落発表の数日前から夢にも出てくるほどドキドキしていた。当落発表は何度経験しても緊張するもので、きっと一生慣れない瞬間だと思う。
震える指で確認して大阪公演当選の文字を見ると、ホッとした後に喜びがじわじわとやってきた。ファンクラブ先行の恩恵なのだろうか、入会して本当に良かった。
グッズあれこれ
ライブの日程が近づくにつれて、情報が徐々に解禁されてきた。2年前のツアーでは、欲しかったグッズが軒並み売り切れだったことが悲しかったので、今回はちゃんと情報を確認するようにした。ファンクラブに入会したことで情報が逐一メールで通知されるようになり、これはSNSを使っていない私にとってとてもありがたいことだった。
意気込んで買い込む準備していたグッズだったのだが、デザインを確認して今回はシークレットのピンバッジだけにすることにした。それにはちゃんと理由がある。
今回のツアーグッズは青がベースカラーになっていて、King Gnuスタイルを詰め込んだカッコいい&かわいいグッズばかりなのだが、タオル類は保管場所が無くなってきているため諦めざるを得ず、Tシャツなどの服飾系は今持っているデザインのほうがお気に入りになりそうだと悟る。キャップもポーチも私が普段身につけるにはなんか違うと思った。何が言いたいかというと、つまり私は絶望的に青が似合わないのである。パーソナルカラー診断を受けたわけではないが、青い服、特に明度の高い青が似合わないと自覚している私は、着れないものは買わない主義に沿って今回は諦めたのだ。残念だが仕方がない・・・次は買い込めるようなデザインだといいな。
今回のツアーTシャツを着ることを諦めた私が着て行ったのが、2年前に名古屋で売り切れを免れていて買えた白Tシャツだ。
偶然買ったTシャツだったが、バックプリントのヌーのイラストがかなり気に入り、部屋に吊るしてよく眺めている。インナーとして長袖を着てその上からTシャツを着れば冬でも楽しめるコーディネートになった。
ライブ参戦日の数日前からかなり気温が高く、このままいけばアウターを着ることなく会場に行けるかもしれない、そしたらお気に入りのバックプリントを存分に楽しめるとそう思っていたのに、前日から寒波がやってきて冬物のダウンジャケットを着なければならない天候になってしまった。結局アウターを脱げたのは会場の中だけだったが、同じTシャツを着ている人は見かけなかったので、限定モノを手に入れたときのような特別感を味わえたのは良かったと思う。
King Gnuスタイルのライブ
さてここからはライブの内容にも少し言及していこうと思う。
ツアータイトルにもなっているように、今回のツアーの大きな特徴はセンターステージを中心に客席を360度配置していることだ。私は迷わずスタンド席を指定してチケットを取ったので知らなかったのだが、このツアーのアリーナ席は全席スタンディングのようだった。開場時間が開演の90分前と、アリーナ規模の会場としては早いなと思っていたのだが(アリーナ規模だと大体60分前開場がスタンダード)、このアリーナ席の入場に時間がかかるからだったのだろう(知らんけど)。
昼間にグッズの引取をして、一度帰宅してから、開演20分前に入場するスケジュールを組んでいたので、私が席につくとアリーナ席はほぼ隙間なく人で埋め尽くされていて唖然とした。まるででっかいライブハウスだ。アリーナ席の人たちは入場してから一度も座らずに立って待っていたのかとその苦労に思いを馳せると同時に、スタンド席を取って本当に良かったと心の底から思ったのだった。
もう一つの特徴はライブ全編に渡って写真・動画撮影が許可されていたことだ。これには賛否両論あったらしいが、私はこの案内をありがたく受け入れた。ライブに集中することとスマホで撮影すること、どちらかしかできないだろうから、自分で考えてどちらを優先するか決めなければならない。
エンタメ業界で様々な規制が増える中、あえて禁止を減らすことで、自分も周囲も皆が楽しく過ごせるにはどうしたらいいか考えながらライブに参加することになる。自由度の高いKing Gnuのライブならではの新しいスタイルだと思うとすんなり受け入れることができた。
常田さんとミャクミャク
なぜか常田さんがミャクミャクを気に入っているらしい。
ライブが始まりスクリーンに常田さんが映るたびに、キーボードの上に置いてある人形がミャクミャクっぽいなと思っていたのだが、「常田大希」と「ミャクミャク」がどうしても結びつかず見間違いかと思っていた。確信したのが、MC中に常田さんがミャクミャクを被り出したことだった。あのミャクミャクの輪っかを被っている人を、私は去年の万博会場でしか見たことがない(あとは大阪観光協会の理事長の会見)。それをKing Gnuのライブで、しかも常田さんが被った。
そしてそのままギターを弾きながら演奏が始まるではないか。本人は至って真剣なようだが、ビジュアルにギャップがありすぎて、そのアンバランスさに笑うなと言うほうが無理な話だ。
メンバーも終始ニヤニヤしていて、井口さんは笑って歌えず、歌い出した曲を一度止めてしまう始末。こんなに和気あいあいとして笑いに溢れているKing Gnuは初めて見た。バラードの曲が続く中ずっとミャクミャクを被り続けていた常田さんに、私も最初はニヤニヤしていたが、段々慣れてきて「こういう格好の人だ」と当たり前に感じてきた自分に気づいてまた面白かった。
常田さんいわく、ミャクミャクを被っていると、掛け布団を首元まで被って寝るときの安心感があるのと、イヤモニがずれなくて快適だとのこと。ぜひ今度は全国放送のテレビ出演で被って出てきてほしい。ミャクミャクと大阪人が大喜びするに違いない。
King Gnuが好きな私が好き
King Gnuのライブに行くといつも、自分のことをもっと好きになって帰ってくる。今回もそう思うことができた。
King Gnuのライブは比較的自由度が高いと思っている。一体感を作り上げることよりも、一人ひとりがいかに自分を解放するかが求められているからだ。ライブをどう楽しむかは個人の自由だという空気があり、私はその雰囲気に安心して自分を解放することができる。周りにどう見られているかなんて全く気にならず、自分のタイミングで歌い、声を限りに叫び、両手を突き上げたり体を揺らして全身で音楽を浴びる。心から楽しいと思えている自分を発見して、自分のことが好きになるのだ。
「お前、今のままで十分かっこいいよ」と言ってもらえている気がする。そのお陰で、ライブ後の私は自信を持ってまた自分の人生を歩くことができる。
次いつライブに行けるのかはわからないけど、その日まで、このライブでつけた自信を胸に私らしく生きていこうと思う。
しんどくて自分を見失いそうなときは、撮影した動画を見ながらこのライブを思い出し、前を向こう。ミャクミャク常田さんの画像を見るだけで元気になれそうな気がするし。
並ばない万博 実践してみた
6月も終わりが近づく平日に、両親を連れて万博に遊びに行ってきた。
暑さが日に日に増してきていたため、「絶対に炎天下では並びたくない!」と思い、気合を入れて抽選に挑み、見事3つのパビリオンの予約をゲットしてから当日を迎えた。
1つ目は「三菱未来館」。
2ヶ月前抽選で予約が取れた。
ネットでの評判はあまりいいものではなかったが、自分の中でハードルが下がっていたのか「良質な没入映像」と「命の循環」を体験でき、いいパビリオンだったと思う。
ただ、下調べで知った「待ち時間が長い」というのは確かにその通りだと思った。
私が取った予約は10:18〜10:43の回。このパビリオンは、同じ予約時間の人が一斉に入場し、同時に体験するというものだ。そうなると体験が始まるのは10:43以降ということが想像できる。私達は10:40頃に到着したのだが、その頃には、同じ回に入場するであろう人たちが行列を作っており、おそらくすでに30分近くここで待っているんだろうなと感じた。
万博への入場が中途半端な時間になってしまったのならまだしも、そうでないのなら、その時間でいくつかパビリオンを回ることもできる。現に私達は、この三菱未来館の前にすでに3つのパビリオンを回っていた。
予約を取っているパビリオンは、予約時間の後ろの時間ギリギリに到着することが正解なのだと思った。
2つ目はEARTH MART。
7日前抽選で予約が取れた。
「梅干しの引換券がもらえるらしい」との情報で予約を取ることにした。なぜなら我が家は全員梅干しが大好きだから。
食の未来をテーマにしていて、ワクワクするものや考えさせられるものまで展示は幅広く、じっくり50分かけて見て回った。
世界の食卓事情を写した写真展示が特に印象に残っている。
国の情勢、国民性、生活環境によって、こんなにも食べているものが違うのか。
「日本は恵まれている」という言葉の意味は、こうして目で見て知る比較対象があって初めて自分事ととして考えられるのだろう。
パビリオンの終盤で無事に梅干しの引換券ももらうことができた。25年間漬け続ける梅干しらしい。梅干しの味も気になるところだが、果たして25年後の自分がどんな生活をしているのか、想像しようにも意外と想像できない年月だ。元気な体で梅干しをもらいに行くことを人生の目標のひとつに設定しようと心に決めた。

3つ目はイタリア館。
開幕前から「絶っっっっ対に行きたい!!!」と鼻息を荒くしていたのだが、開幕すると一気に大人気パビリオンになってしまった。
開幕直後に知り合いから教えてもらったイタリア館専用アプリ(万博非公式)で、無事に予約を取ることができた。ホームページが全て英語で、予約が取れているのかヒヤヒヤしたが、ちゃんと入ることができた。
私がイタリア館に行きたかった理由は、カラヴァッジョの「キリストの埋葬」が展示されると知ったからだ。
原田マハさんの「風神雷神」でカラヴァッジョのことを知り、小説の中に出てきた人物の本物の作品を見ることができるなんて、こんなビッグチャンスはない、逃すわけにはいかない、となったわけだ。
実物は最高だった。
写実的な細かな表現と、巧みな明暗の使い分け。まるで人物が浮き出ているかのような、そのまま絵から飛び出してくるのではないかと思えるほどの圧倒的存在感だった。
展示室から出るときは後ろ髪が引かれる思いだったが、「次はバチカンに見に行くからな!」という決意をして展示室を後にした。
イタリア館で展示されている絵画でもう一つ、「伊東マンショの肖像」というものがある。小説「風神雷神」に伊東マンショも登場するため、私としてはもはや聖地巡礼をしているかのような錯覚に陥ってしまった。
少年時代からの幾多の苦難を「信仰心」で乗り越えた彼の肖像画は、穏やかさの中に感じる凛々しさが描かれていた。
こんな本物を海を渡って持ってきてくれたイタリアの方には脱帽する。
映像や没入体験で「本物のように見せる」が主流の今回の万博に、「本物」にこだわって展示をしているイタリア館、連日の大盛況も頷ける。
これからイタリア館に行く予定のある方は、ぜひこの小説を読んでほしい。
上下巻合わせて1000ページほどの超大作だが、旅行記のようにも読むことができる。
これを読めばさらにイタリア館が楽しめるはず(私調べ)。
6月とはいえ初夏の陽気の中だったので、こまめに休憩を取ったり、空いた時間はコモンズに寄ってスタンプラリー(両親は重ね押しスタンプを見事制覇!)に没頭したりと、会場内で並ぶことはほとんどなく過ごすことができた。
大屋根リングの散策やギャラリーやイベントスペースでの鑑賞も並ばないのでおすすめだ。
結論。
開門と同時に入場するとなるとやはり2時間くらいは外で待つことになるのだが、予約を取れていると案外並ばない。
その予約が一番の難関なのはすでに周知の事実なのだが・・・笑
これから暑くなるので、予約枠をうまく使って「並ばない万博」にしていかないと、私みたいな弱々しい人間はすぐにダウンしてしまうのだろう。
夏に行く方は、どうか無理をなさらずに。

万博準備 スタンプ帳はどうしようか
関西圏内ではかなり身近な存在になりつつある大阪・関西万博。周りにも会社の優待で行く人や既に通期パスを購入している人など「行ったで〜」という会話をよく聞く。
私はボランティアとして参加していることもありすでに4回来場した。しかし今のところ全て1人行動である。
今月にやっと両親と来場する予定で、予約を取りながら着々と準備を進めている最中。
やっぱり人と行くとなると気合いの入り方が違う。報道にもある通り、今回の万博はチケットの取り方、パビリオン予約の攻略法など複雑なことが多い。
そこで、ボランティアで知恵と経験がある私がすべての責任を持って計画することになったのである。
そんな中、スタンプラリーの方法をどうしようか熟考していたのだが、ようやく「こうしてみよう」と方向性が固まったので記録を残しておく。
スタンプ帳を買うのか買わないのか
一番簡単な方法は公式スタンプ帳を購入することなのだが、何せ値段が高い。スタンプ帳を首から下げるケースも合わせると「正気か?」という値段が設定されている。
「万博価格」と思えば納得できなくもないが、関西人の性なのか、量販店で調達できそうな物にその値段は買うのを躊躇ってしまう。
しかしスタンプ帳は公式の情報もたくさん載っていると聞く。ミャクミャクの絵柄も可愛い。万博開催の記念に持っておくのも悪くはない。
私はスタンプを集めることともう一つ、そのパビリオン、国についてメモを残しておきたいという願望もあった。
公式スタンプ帳の中身を見てみると、スタンプを押す枠はあるが、メモを残せるようにはなっていなさそうだった。加えて、パビリオンの名前も入っておらず、好きな枠に好きなスタンプを押すようになっていた。
これでは後で見返したときに分かりにくそうだと思った。どこのスタンプを押して、どこは押していないのか一目瞭然にしたかったので、私は公式のスタンプ帳を持つことをやめることにした。
その代わりと言っては何だが、両親に公式スタンプ帳をプレゼントすることにし、公式通りに集めるとどうなるのか両親に体験してもらうことにした。
自分用スタンプ帳
私が用意したのは手作りのスタンプ帳。

無印良品で買った無地のノートに、パビリオンの名前をひとつひとつ書いて「スタンプを押す場所」をつくった。(何かでもらったミャクミャクのシールを貼ってみた)
表紙を開いた1ページ目は、どどーんと1ページを使って来場スタンプを押すページにした。

パビリオンは1ページに3つずつ。スタンプを押して横の空白に好きにメモを残せるようにした。

コモンズは1ページに6つずつ。書き込みできる部分は少ないが、一言二言なら書ける程度になったと思う。

会場ではゾーンごとに名前が付いているので、その名前をインデックスに書いて貼って、パビリオンを探しやすくしてみた。
最後にノートのリング部分に、家にあったネックストラップを付けて完成!
(紐を長さが調節できるものにすると、首から下げるだけでなく、肩掛けにもできるので便利!)

両親用スタンプ帳
先にも書いたが、両親には公式スタンプ帳を購入することにした。
その他ミャクミャクグッズと一緒にして、母の日・父の日ギフトとして贈る予定だ。
スタンプ帳は買ったが、クリアホルダーはさすがに高すぎて買えなかった。もとい、買わなかった。というのも、これだったらそれぞれのパーツを調達して組み合わせたほうが使い勝手がいいものを用意できるような気がしたから。
イメージは、スタンプ帳が入るクリアケースに自分で持っているネックストラップを自由に付けてもらうというもの。
何が使えるか吟味するために100円ショップに行って物色していると、ベストサイズの商品を見つけた。
それがこれ。

アクスタを持ち歩くためのものだと思うが、カラビナがついていて、程よい大きさのクリアケースだったのでこれを使うことにした。
ミャクミャクのシールが余っていたので、ワンポイントで貼ってみると、満足のいく出来になった。
おまけ:QRチケットのあれこれ
100円ショップを物色していて見つけたこんなものも使えそうなので買ってみた。

何に使うかというと、印刷したQRコードを入れておくためのホルダーだ。
開幕当初よりネット環境は整いつつあるが、それでもバッテリー残量のことなどを考えるとチケットは紙で用意しておきたい。
そもそも両親は万博IDすら取得していないので、QRコードは印刷する必要があった。
ストラップ付きなので、カバンなどに引っ掛けておけて、必要なときにすぐに提示できて便利だと思う。
試しにスタンプ帳ホルダーにぶら下げてみた。

低予算で用意した割には、使い勝手もよく、気に入ったものができたと思う。
あとは両親が使ってくれるかどうかだけ・・・笑
万博に向けて
ボランティアをしていると本当に色んなことを聞かれる。
パビリオンの場所、ご飯を食べられる場所、子連れでも楽しめるルートなど…。
なるべく答えられるように、聞かれたことはメモを残して次回に生かせるようにしているが、この知識が自分が楽しむ用に蓄積しているとも感じるようになった。
誰かの疑問は自分の疑問でもあるというのが、私がボランティアをしていて心がけていること。
自分では調べもしなかったこともあり「聞いてくれてありがとう!」の気持ちになる。
このスタンプ帳をつくるに至ったのも、ボランティア活動中に、手作りのノートをぶら下げている子供を見かけたからだ。
時間も予算も体力も、それぞれ違う人たちが集う場所。工夫次第でいくらでも楽しみ方はあるので、是非自分なりの楽しみ方を見つけてたくさんの人に訪れてほしいと思っている。
懺悔 担降りと出戻りを繰り返す
悔しいけど懺悔する。「懺悔」という漢字に「悔しい」が入っていることに今気付いた。
私はまた、嵐のファンになった。
一度決めたことは変えずに生きていくことが美しい生き方だと私は常々考えている。人生に「始める」「終える」はあっても「戻る」はあってはならないと。
だから悔しい。私にとって美しくない生き方をしてしまった。一度終えた嵐ファンに戻ってしまった。しかも2回目。
2008年から2015年途中まで大ファンだった嵐は、V6ファンになったことで一度ファンをやめた。少ないお小遣いで買ったり、プレゼントに買ってもらったグッズも全部売り、V6グッズを買うお金に換えた。2010年から入会していたファンクラブ名義は、友達が「会費をぜひ払いたい」というので払ってもらうことにした。100万番台以下だった私の会員番号は絶やしてはいけないとのことだった。その間にチケット申し込みはしていなかったので、名義貸しには当たらないはず。
1回目に嵐ファンに戻ったのは2019年。20周年ツアーに行きたくなったのだ。その年から会費を自分で払うことを友達に伝え、久しぶりにチケット申し込みをした。
1月12日、4年振りに嵐のコンサートに行った。かなりいい席で、メンバーに気づいてもらえた。コンサートが終わったら、私は嵐ファンに戻っていた。またグッズも買おうと決めた。4年間も私のファンクラブ名義にお金を払ってくれていた友達に心の底から感謝した。
1月27日、嵐が活動休止すると発表された。ファンに戻って2週間後の出来事だった。すぐに友達と連絡を取り、悲しみを共有した。悲しんだあとは、もう絶対に嵐ファンから離れないぞと決意した。
そこからは嵐の一瞬一秒を見逃すまいと必死についていった。グッズを買い、SNSを始め、テレビ番組はレギュラー番組から全て録画しディスクに焼いて保存した。
11月12日、ニノが結婚した。ツアーの真っ最中だった。ショックというより信じられなかった。V6ファンになって、井ノ原くんの結婚発表がツアー初日だったと知ったときと似た絶望感だった。ファンが試されているんだな、と言い聞かせて飲み込んでやることにした。
12月23日、全50公演とは別の1回、通称:シューティングに参加することができた。後に映画となる5x20ツアー、その映画を作るために収録だけの1公演を特別に行うというものだった。思えばこの日が幸せの絶頂だった。
席はアリーナ、トロッコの真横、ステージまで肉眼で見える距離。友達とキャーキャー騒いで席について、誰が来たらどのうちわを出すか、開演直前まで入念に打ち合わせたことをよく覚えている。開演するとオープニングから大声で叫び、腕を振り、全力で嵐にこの身を捧げた。入念な打ち合わせのおかげでファンサももらえて、幸せそのものだった。嵐ファンであることをとても嬉しく感じた最高の1日だった。
2020年、嵐の活動休止前ラストイヤー。それは新型コロナウイルスによって、思ってもない形になってしまった。私達の生活も一変したことは記憶に新しい。想定していたことができなくなり、日毎に変化する状況に対応するのは大変だっただろうが、私はこのあたりから少しずつ嵐に対して不信感を抱くようになった。
きっかけは「活動休止中のファンクラブをどうするか」会員向けに公開された動画だった。そこで「ファンクラブを今後どうするか、友人に言われて考えるようになった」と言われたのだ。もしかすると、会話の流れでそういう言い方になってしまったのかもしれない。だけど私はその一言に疑問を抱いてしまった。友人に言われなかったら考えなかったのか?ファンクラブは後回しにされていたのか?いろんなハテナが浮かんだ衝撃的な一言だった。その後の「ファンクラブは継続します」の発表にも素直に喜ぶことができなかった。「なんでグループは活動休止するのにファンクラブは継続なの?」と。
一度芽生えた不信感はそう簡単には拭えなかった。活動休止まで残り1ヶ月を切った12月にも、モヤモヤとした感情は沸き起こるばかりだった。極めつけは12月31日の配信ライブ。同時刻に放送されていた紅白歌合戦と同じ曲を歌うわ、ファンの顔だけが映る時間がライブ中にあるわ、ジュニアが映る時間が想像以上に長いわ。なんで最後の日にこんなに「嫌だ」と思うんだろう。私は最終日の配信ライブを全く楽しむことができなかった。そのまま嵐は活動休止期間に入ってしまい、なんか、あっけなかったなという感想だけが中々消化しきれず私の中に残った。
2021年。嵐が活動休止をした1年目。この年を私はV6に捧げた。3月12日に解散発表があってから11月1日の解散当日まで、私の時間はほとんどV6のためにあった。V6の解散はとてもきれいだった。3月にファンクラブサイト内で解散を発表したあと、テレビで一言も「解散」の言葉を本人の口から聞かなかった。11月1日の最後の最後まで新しいことを追求し続け、ラストライブも今までの振り返りは少なく、初披露曲ばかりのセットリストだった。初めて好きなグループの解散に立ち会った私は「これが解散の最適解なんだな」と思った。
11月26日、2年前に参加したシューティングが映画になった。V6の最後を見届けた私は、清々しい気持ちで友達と映画館に見に行った。幸せ絶頂のあの日がやっと見れる。もしかすると映ってるかも?なんて淡い期待とともに映画は始まった。映画を見て確かにあの日は蘇ったし、色々と思い出すものもあった。だけどたまに入る「ライブ映像にこの編集演出はいらんような・・・」な映像が気になって仕方なかった。Believeのスローモーション映像は最たる例かな。少しだけショックを受けた。これならいつもどおりの編集でそのまま円盤化されるほうが良かったとも思った。
この年、私は嵐のファンクラブを辞める決断をした。1年間、活動休止中の嵐のファンクラブに入会してみたけど、何もワクワクするものがなかったからだ。「もっとこうしてほしい」が増える一方で、自分の嫌な部分に気づくだけのこのファンクラブは潔く辞めてしまったほうがいいと結論付けた。期限もわからない活動休止、つまり私には何をすることもできずただ待つだけの時間に、これ以上お金を払い続けることはできなかった。
2022年9月。友達から連絡があり、映画になったシューティングがやっと円盤化されるとのことだった。しかもファンクラブ限定盤には全メンバーフル尺のマルチアングルがついてくると。久しぶりに嵐のことで喜んだ。だって私達はこのシューティングで確定ファンサをもらっていたからだ。私は会員ではないので買えなかったが、友達が買ったのを一緒に鑑賞することにした。するとそこにはファンサをもらって崩れ落ちる私達がちゃんと映っていた。自分たちがいた場所とファンサをもらったタイミングが分かっている私達にしか特定できない小ささだったが、確かに映っていた。私達はあの日と同じようにキャーキャー騒いで喜びあった。確かにそこにあの日は存在していたのだ。幸せだった1日が中々日の目を見ないから、もどかしさとモヤモヤがずっと消えずに残っていた。そのモヤモヤをやっと成仏させることができて、スッキリした気持ちとホッとした気持ちだった。ここまでの3年はとても長かった。
2023年。ジャニーズ問題勃発。私は事務所との決別を決め、残していたグッズのほとんどを処分した。嵐もV6も、泣きながら処分した。ジャニオタだった過去の自分を否定しながらこれから生きていくのが正しい道だと思ったから。
2024年11月。嵐25周年を記念して、今までDVDのみだったライブ映像がBlu-ray化されて発売されることになった。その発表を見て、ふと嵐のライブを久しぶりに見てみたくなった。しかし二度ファンを辞めている私の手元に嵐のライブ映像はひとつも残っていない。そこで私は新しく発売されたものを購入してみることにした。選んだのは2007年の「Time‐コトバノチカラ‐」。昔、友達に貸してもらって見て、嵐を更に好きになったライブだ。届いたBlu-rayを見始めると、私の胸は懐かしさでいっぱいになった。そこにはドーム会場でライブができる喜びを全身で感じている嵐がいた。それこそ私が好きになった嵐で、コンサートは夢の空間だと信じてやまなかった中学生の私も一緒に蘇ってきた。懐かしさで涙が溢れて、そのとき私は「本当は嵐を好きでいたい自分」の気持ちに気づいた。
そして私はもう一度嵐のファンクラブに入ることを決めた。私にとっての理想のファンとは真逆の出戻り行為である。そこに後ろめたさがなかったと言えば嘘になる。だけどやらない後悔よりやる後悔、そう自分に言い聞かせて新規入会手続きをすることにした。
好きだったもうひとつのグループ、V6は解散してしまいもうファンクラブは存在しない。今でもV6のことは好きだけど、ファンクラブに入ることはできないのだ。でも嵐は違う。活動はしていなくても、ファンクラブは存在している。活動を再開するつもりだと言っているようなものだ。だったらファンとしてそのときを待っていようと思うようになった。
以前抱いてしまった不信感は消えていない。今思い返しても「なんであんなことになったのだろう?」と思う。だけどそれは仕方なかったんだと思うことにした。全部が全部、自分の理想通りには進まない。人それぞれ理想は違うから、当時の嵐にはそれが最適解だと思ったのだろう。そう考えるようにして、あとは時間に解決してもらうことにした。
私は自分が正直者だと思っていた。だけどこれまでの一連の出来事を書いていて、全く正直に生きていないことを痛感した。シューティングに一緒に行った友達にファンクラブを辞めていたと伝えたのは再入会をした後だし、再入会をしたことをその友達以外には誰にも伝えられていない。というか「嵐のファンクラブ?やめたままだけど」と嘘をついている。嵐に不信感を抱いたときに散々愚痴をこぼした手前、今更「また入会した」と言えなくなっているのだ。全然正直に生きていない。誰かに今までの気持ちを言いたいけど、真面目キャラで生きてきた自分を壊したくなくて言えなくて、こうしてブログに長文を投稿しているところとか、私の理想に反する行為だ。自己嫌悪にすら陥ってしまう。
だけど好きな気持ちに嘘をつくのもしんどくなってきた。好きになったり嫌いになったり無関心になったりまた戻ったり、誰にも迷惑をかけていないし、それでもいいじゃないかと開き直ることにした。理想はあくまで理想、理想と現実は分けて考えなければならない。これが今の私の現実なのだ。過去を否定することは無いので、グッズを手放したりファンクラブをやめたことは後悔していない。そのときの私にとってそれが最適解だったのだろうから。
理想を言えば、この先嵐のファンクラブが無くなってしまうまで私はファンクラブをやめないつもりだ。これから手にするグッズも手放さないと決めている。だけど理想は理想。現実はきっと違う。衝動的な行動をとってしまうかもしれない。理想とは違う現実を生きていくしかないのだ。アイドルのファンはやめられない。これが今の私の最適解だ。
20代独身、サンタになる
今までサンタさんにプレゼントをもらったことはあれど、自分がサンタクロースになって誰かにプレゼントをあげようなんて考えたこともなかった。
そんな私が、人生で初めてサンタクロースになった話。
「ブックサンタ」という活動をご存知だろうか。
何らかの理由でクリスマスにプレゼントをもらえない子どもたちに、私達が買った本をプレゼントできるチャリティー活動で、全国の書店で参加することができる。
ひょんなことからこの活動を知った私は、「子どもに本をプレゼントできる!?何それ、やりたい!」とかなり前のめりで参加を決めた。
私も子どもの頃はよく本を読んでいて、当時読んでいた本は今でもよく覚えている。
ふとしたときに「そういえばこんな本読んだことあったな」と思い返すことが今でもよくある。
私にも懐かしめる思い出があるのだと感じることは、大人になったときに寂しさや悲しみ、不安な気持ちを少しだけ軽減してくれると思っている。
子どものころの読書体験は、大人のそれに比べて遥かに影響を与えるものなのだ。
もちろん図書館や学校の図書室で読める本もあるが、自分だけの本というのは特別なものがある。
誰とも共有しない、汚しても落書きしてもページを折っても構わない、どれだけ読んでもずっと自分の本棚に並べ続けられる。
本をいつまでも大事にする経験をしてほしいから、この活動に参加することにした。
何を贈ろうかな、と思案する時間はとても楽しかった。
自分が子ども時代に読んだ本の中から贈ろうかとも思ったが、いかんせん20年も前の話。時代が変われば需要も変わる。私が読んでいた本は、もう今の書店には並んでいなかった。。
せっかくの機会だから今のトレンドから贈ることにした。
書店にはよく足を運ぶが、児童書のコーナーは久しく見ておらず、どんな本が喜ばれるのか全く検討がつかなかった。
そこで参考にしたのが、ブックサンタのHPに掲載されている推薦図書一覧だった。
スマホ片手に「こんな本があるのか〜」と新鮮な気持ちで絵本コーナーをうろうろして、選んだ本がこちら。
「妖怪オノマトペ」は、私の趣味全開で選んだ本。
大学時代に言語学をかじっていたので、「オノマトペ」という言葉に弱い。
「ドンドン」「パチパチ」「カラカラ」「ワクワク」「ハラハラ」「ズンズン」などなど…
オノマトペは日本語の醍醐味と言っても過言ではない。
子どもにとってもオノマトペは面白いかな、と思ってこれにした。ここから言語学に興味を持ってくれたら尚の事嬉しい。
「さかさま」はたまたま見つけた本。
本の向きによって感じ方や捉え方が変わり、二人同時に双方向から読めるというなんとも面白そうな仕掛けがされている絵本のようだ。
内容はわからないが、仕掛けがあったり読む人によって捉え方が変わるというコンセプトは大人でも楽しめそうだと思い、「誰かと一緒にこの本を読んでくれたらいいな」と願いを込めて選んだ。
独り身の時間が長くなると、自分にプレゼントを買うことすら無くなってくる。
そうすると、誰かの喜ぶ顔を想像してプレゼントを選ぶことは、貴重な体験になるのかもしれない。
私の好きな「本」をプレゼントできた。本好きが一人でも多く増えるといいな。
プレゼントさせてくれてありがとう。メリークリスマス!

マッチングアプリをしていた自分を振り返る
タイトルの通り、私は6月〜7月にかけてマッチングアプリを利用していた。
私はアロマンティック・アセクシャル(Aro/Ace)を自認しているが、定期的にこの自認が不安になってしまう時期がある。
恋愛感情、性的欲求が「無い」という証明はほぼ不可能であると言える。
「ほら無かったでしょ?」と言えるとすれば、それは人生が終わるときだろう。
わかりやすい指標がないAro/Aceを、他の当事者の人はどうかはわからないが、私は「恋愛感情や性的欲求を理解できない」という感情から自認するに至った。
でも不安になるのが、「知ろうとしなかったから理解できないだけでは?」と自問してしまうときだ。
その度に「そんなことはない。Aro/Aceという言葉が私は一番しっくりきている」と不安を振り払うのだが、今回は思い詰めてしまい、「それならば確かめてみよう」とマッチングアプリを始めたのだった。
アプリを始める
利用者が最初に当たる難関がプロフィール作成だろう。
面倒くさがり屋の私は、当然かのようにテンプレートをそのまま使って自分のプロフィールをサクッと作った。
利用を始めると、無数の男性の写真が出てきて、「まずは誰かいいねをしろ」と言わんばかりだった。
いいねと思う人がいない。。。
つか、この画面の中だけの情報でどういいねと思えばいいのだろうか?
こんな心の声を漏らしながら、でもいいねをしないと始まらない。そう自分に言い聞かせて、アプリがおすすめする人のプロフィールを読んでいった。
そこで、ある一人の男性のプロフィール欄に私は感銘を受けた。
そのプロフィール文は、整然としながらも愛嬌を感じ、読み手に簡潔に自分という人間を伝えていたのだ。
私のプロフィールもこんな風にしてみよう。
私は自分のプロフィール文を一から作成し直した。
読みやすく、簡潔に、かつ自分を隠さず表現する。
この作業がとても楽しく、ついつい没頭してしまった。
できあがったプロフィール文は、自画自賛できるくらいの出来だった。
このままこれを履歴書にしてしまいたいくらい。
正直、このプロフィール文を作成できたことで、私はある種の達成感を味わっていた。
当初の目的である「恋愛感情を知る」は忘れかけていた。
マッチング
プロフィール欄を充実させたことで、私は自分からいいねしなくてもいいねをもらえるようになった。
いいねをもらうと、ありがとうを返すことでマッチング成立となるそうだが、この「マッチング成立」という言葉が違和感に感じ、私はなかなかありがとうを返せずにいた。
そんな中、一人の男性からいいねを受けたとき、そのプロフィール文に清潔感を感じて私は初めてのありがとうを返した。
すぐにメッセージが届き、その男性とやり取りをするようになった。
価値観が似ていたので、メッセージは2週間くらい続いた。
男性側から「会いませんか」と誘いを受け、私は承諾した。
実際に会う
※あまり具体的な内容は書きません※
対面で会って話をしていても、メッセージでやりとりをした延長のように会話が続けられ、似た価値観を持った人なんだろうなと思うことができた。
1回目に会った後も、メッセージは続けていた。
価値観が似ている男女が出逢えば、それは恋愛に発展するのが、ドラマや映画のお決まりパターンだが、私はこの男性に恋愛感情を抱けず、ただ楽しい会話が続けられる相手という関係性に感じていた。
この数週間後、2回目の会う約束をした。
やはり会話は楽しかったが、1回目より距離を縮めようとされていることを感じた。
そして、趣味や日常生活の話だったのが、より具体的な未来を連想させるような会話になっていると感じたとき、私は「あ、恋愛は無理だ」とその人に心のシャッターを下ろしてしまった。
この時、相手の中で、私と時間を共有し合う未来という選択肢ができたのだと気付いた。私は、相手のことを話が合う人とは思えたけど、これからも時間を共有し合えるかと聞かればそれはノーである。
これが恋愛なんだと分かった瞬間であり、私に恋愛はできないと気付いた瞬間だった。
私の答え
相手はきっと私に対して好感を持ってくれていた。
ありがたいことなのに、私は相手の感情を理解することができなかった。
私が相手に感じていたのは「会話がテンポよく続けられる相手」という印象で、それ以外の何物でもなかったのだ。
相手が私に感じている好意に嫌悪感すら感じるようになり、同じ感情を私は相手に返すことはできないと痛感した。
これが「恋愛感情を抱かない」という気持ちで、その証明が出来た気がした。
恋愛感情が「無い」のではなく、恋愛感情を抱かない感情が「ある」のだ。
私がマッチングアプリを経て出した結論である。
その後、相手にメッセージでお断りの連絡を入れ、アプリを消した。
罪悪感は数日続いた。
それから
アプリを消してから、私はまた「恋愛の存在しない世界」をひとりで生きている。
やはり私にとって恋愛はファンタジーだ。
この経験を経て「まだ恋愛したことないから知らないだけでは?」と自問することはもう無いだろう。
自分に箔が付いたようで、少しうれしくなった。
実験的な理由でアプリを始めたことに、まだ少し、相手への罪悪感は残っている。
だけどこれも私がAro/Aceである証として、この罪悪感も胸に刻んで生きていこうと思う。
Aro/Aceのシンボルである、ブラックリング、ホワイトリングをネットで調べながら、私は自分が求める幸せの形を探っている。
『20th Century Live Tour 2024 地球をとびだそう!』
トニセンのライブに行ってきた。およそ1年半振りだ。この間は想像していなかったことの連続で、正直ファン活動から離れてしまっていた。
そんな私が参加した神戸2公演。色々と多感な2日間だった。
1日目の感想
行きたくない、帰っちゃおうかな。本気でそんな言葉が頭をよぎって、私史上最重量の足取りの重さだった。
もう1年以上、トニセンをまともに見ていない。テレビもラジオも視聴をやめて、SNSもフォローを外して、Xはアプリをアンインストールした。今、トニセンがどんなことをしているのか全く知らない、知ることができない状況を自分でつくった。
これでもファンと言えるか不安でいっぱいだったがゆえに、冒頭の思考に行き着いていた。ライブは好きだから申し込んだけど、楽しめなかったらどうしようか考えたら怖くてたまらなかった。
結果から言うと、オープニングからエンディングまで全てを楽しむことはできなかった。トニセンと私の間に距離ができていたことを実感した。でも曲は全部わかったし、曲がかかれば振り付けも思い出せた。きっと細胞レベルにまで刻まれているんだと思う。
距離があってそれでいい。心の底から楽しめなくて、今はそれでいい気がした。「トニセンもしんどい思いをしただろう」と考えることもできるけど、今は自分の気持ちの整理をつけるだけで一杯一杯だ。2023年の辛さ悔しさ、負った傷はまだ癒えていない。自分を大事にすることが一番大事だから、これくらいの距離でいたい。

2日目の感想
2日連続の2日目。1日目より落ち着いて会場に向かうことができた。会場の前で足踏みすることも無ければ、無駄にトイレに入ることも無かった。
今回の座席は10列目。しかもサイド側だったから、前方5列ほど席はなく、私の席が実質5列目くらいだった。この座席の引きの良さは、2回目で良かったと心底ホッとした。
心落ち着かずに動揺しっぱなしで1回目を見ていたのに、ちゃんとセットリストは覚えていたようで、1曲1曲、かかる前に心の準備ができた。その分1回目より楽しむことができた。
あの頃みたいに熱狂的に応援はできていない。落ち着いて、肉眼で見える距離だとしても、「キャー!!」とは言えなくなっていた。それでも随所で思う。私はトニセンが好きなんだな。1年以上もまともにトニセンを追っていなくても好きな気持ちは消えていなかった。
安心したのが正直なところ。1回目の会場に向かうときの怖さは、すっかり無くなっていた。
セットリストについて
初日はペンライトの振り方も忘れていて、うちわも持てなかった。特にオープニングは、かろうじてペンライトの明かりを点けたものの、腕は下げたまま、ただ泣いていた。負の感情も正の感情も色々入り混じって、理由も分からず泣いていた。
そんな私がペンライトを振れるようになったのは喫茶二十世紀のところからだった。
「回れよ地球」は、普段から会社で洗い物をするときに必ずかける曲にしている。いつも聞いている曲だと思うと緊張が緩んで、自然とリズムを取ることができた。
「Hurry up」は長野くんが即興で振り付けをして客席も一緒に踊るようになっていて、その振り付けが面白くて思わず笑ってしまった。私は何をやらされているのかと思うけど、「いいね!さすが!」とファンを褒めちぎる井ノ原くんに、私は俄然やる気を出すのだった。。
そして何より、このライブで前のめりになったのが「少年隊メドレー」だ。今この世界で少年隊のことを一番リスペクトしているのはトニセンだと思う。そしてそれを隠さず体現していけるのもトニセンだけだ。今や少年隊の話題がタブー視されかねない世の中で、こんなに“少年隊愛”を真っ直ぐぶつけることができるトニセンに脱帽した。相当の覚悟が要ったと思うが、それをさらりとやってのけるトニセン。
さらに「夏のかけら」「Theme of Coming Century」とカミセンの曲もセットリストに入っていた。"友達の曲”と紹介しながら披露されたこの曲たちに、会場は大いに盛り上がった。
トニセンの曲はもちろん、V6、カミセン、少年隊と、関わってきた人たちの曲をふんだんに盛り込んだ贅沢なセットリストだった。この辺の曲を、思いを込めて歌い踊れるのは、もうトニセンしかいなくなってしまった。トニセンはこの曲たちを、思いを含めて全部歌い続けていくつもりなんだと感じた。全部背負っていく覚悟が、痛いくらい伝わってきた。トニセンにしかできないことを、これからも続けていってほしい。
ライブを終えて
丁度いい距離でこれからもトニセンを見守っていこう。何でもかんでもはまだ難しいけど、付かず離れず、嫌にならない距離を見定めて。
Xをもう一度始める勇気はやっぱり無いので、インスタの3人のアカウントをフォローした。ちょっと距離、縮まったっしょ?笑
最前線で追いかけるのはできないかもしれないけれど、いつまでも目撃はしていたい。
これからも、末永くたくさんよろしくお願いします。#どーぞ


