悔しいけど懺悔する。「懺悔」という漢字に「悔しい」が入っていることに今気付いた。
私はまた、嵐のファンになった。
一度決めたことは変えずに生きていくことが美しい生き方だと私は常々考えている。人生に「始める」「終える」はあっても「戻る」はあってはならないと。
だから悔しい。私にとって美しくない生き方をしてしまった。一度終えた嵐ファンに戻ってしまった。しかも2回目。
2008年から2015年途中まで大ファンだった嵐は、V6ファンになったことで一度ファンをやめた。少ないお小遣いで買ったり、プレゼントに買ってもらったグッズも全部売り、V6グッズを買うお金に換えた。2010年から入会していたファンクラブ名義は、友達が「会費をぜひ払いたい」というので払ってもらうことにした。100万番台以下だった私の会員番号は絶やしてはいけないとのことだった。その間にチケット申し込みはしていなかったので、名義貸しには当たらないはず。
1回目に嵐ファンに戻ったのは2019年。20周年ツアーに行きたくなったのだ。その年から会費を自分で払うことを友達に伝え、久しぶりにチケット申し込みをした。
1月12日、4年振りに嵐のコンサートに行った。かなりいい席で、メンバーに気づいてもらえた。コンサートが終わったら、私は嵐ファンに戻っていた。またグッズも買おうと決めた。4年間も私のファンクラブ名義にお金を払ってくれていた友達に心の底から感謝した。
1月27日、嵐が活動休止すると発表された。ファンに戻って2週間後の出来事だった。すぐに友達と連絡を取り、悲しみを共有した。悲しんだあとは、もう絶対に嵐ファンから離れないぞと決意した。
そこからは嵐の一瞬一秒を見逃すまいと必死についていった。グッズを買い、SNSを始め、テレビ番組はレギュラー番組から全て録画しディスクに焼いて保存した。
11月12日、ニノが結婚した。ツアーの真っ最中だった。ショックというより信じられなかった。V6ファンになって、井ノ原くんの結婚発表がツアー初日だったと知ったときと似た絶望感だった。ファンが試されているんだな、と言い聞かせて飲み込んでやることにした。
12月23日、全50公演とは別の1回、通称:シューティングに参加することができた。後に映画となる5x20ツアー、その映画を作るために収録だけの1公演を特別に行うというものだった。思えばこの日が幸せの絶頂だった。
席はアリーナ、トロッコの真横、ステージまで肉眼で見える距離。友達とキャーキャー騒いで席について、誰が来たらどのうちわを出すか、開演直前まで入念に打ち合わせたことをよく覚えている。開演するとオープニングから大声で叫び、腕を振り、全力で嵐にこの身を捧げた。入念な打ち合わせのおかげでファンサももらえて、幸せそのものだった。嵐ファンであることをとても嬉しく感じた最高の1日だった。
2020年、嵐の活動休止前ラストイヤー。それは新型コロナウイルスによって、思ってもない形になってしまった。私達の生活も一変したことは記憶に新しい。想定していたことができなくなり、日毎に変化する状況に対応するのは大変だっただろうが、私はこのあたりから少しずつ嵐に対して不信感を抱くようになった。
きっかけは「活動休止中のファンクラブをどうするか」会員向けに公開された動画だった。そこで「ファンクラブを今後どうするか、友人に言われて考えるようになった」と言われたのだ。もしかすると、会話の流れでそういう言い方になってしまったのかもしれない。だけど私はその一言に疑問を抱いてしまった。友人に言われなかったら考えなかったのか?ファンクラブは後回しにされていたのか?いろんなハテナが浮かんだ衝撃的な一言だった。その後の「ファンクラブは継続します」の発表にも素直に喜ぶことができなかった。「なんでグループは活動休止するのにファンクラブは継続なの?」と。
一度芽生えた不信感はそう簡単には拭えなかった。活動休止まで残り1ヶ月を切った12月にも、モヤモヤとした感情は沸き起こるばかりだった。極めつけは12月31日の配信ライブ。同時刻に放送されていた紅白歌合戦と同じ曲を歌うわ、ファンの顔だけが映る時間がライブ中にあるわ、ジュニアが映る時間が想像以上に長いわ。なんで最後の日にこんなに「嫌だ」と思うんだろう。私は最終日の配信ライブを全く楽しむことができなかった。そのまま嵐は活動休止期間に入ってしまい、なんか、あっけなかったなという感想だけが中々消化しきれず私の中に残った。
2021年。嵐が活動休止をした1年目。この年を私はV6に捧げた。3月12日に解散発表があってから11月1日の解散当日まで、私の時間はほとんどV6のためにあった。V6の解散はとてもきれいだった。3月にファンクラブサイト内で解散を発表したあと、テレビで一言も「解散」の言葉を本人の口から聞かなかった。11月1日の最後の最後まで新しいことを追求し続け、ラストライブも今までの振り返りは少なく、初披露曲ばかりのセットリストだった。初めて好きなグループの解散に立ち会った私は「これが解散の最適解なんだな」と思った。
11月26日、2年前に参加したシューティングが映画になった。V6の最後を見届けた私は、清々しい気持ちで友達と映画館に見に行った。幸せ絶頂のあの日がやっと見れる。もしかすると映ってるかも?なんて淡い期待とともに映画は始まった。映画を見て確かにあの日は蘇ったし、色々と思い出すものもあった。だけどたまに入る「ライブ映像にこの編集演出はいらんような・・・」な映像が気になって仕方なかった。Believeのスローモーション映像は最たる例かな。少しだけショックを受けた。これならいつもどおりの編集でそのまま円盤化されるほうが良かったとも思った。
この年、私は嵐のファンクラブを辞める決断をした。1年間、活動休止中の嵐のファンクラブに入会してみたけど、何もワクワクするものがなかったからだ。「もっとこうしてほしい」が増える一方で、自分の嫌な部分に気づくだけのこのファンクラブは潔く辞めてしまったほうがいいと結論付けた。期限もわからない活動休止、つまり私には何をすることもできずただ待つだけの時間に、これ以上お金を払い続けることはできなかった。
2022年9月。友達から連絡があり、映画になったシューティングがやっと円盤化されるとのことだった。しかもファンクラブ限定盤には全メンバーフル尺のマルチアングルがついてくると。久しぶりに嵐のことで喜んだ。だって私達はこのシューティングで確定ファンサをもらっていたからだ。私は会員ではないので買えなかったが、友達が買ったのを一緒に鑑賞することにした。するとそこにはファンサをもらって崩れ落ちる私達がちゃんと映っていた。自分たちがいた場所とファンサをもらったタイミングが分かっている私達にしか特定できない小ささだったが、確かに映っていた。私達はあの日と同じようにキャーキャー騒いで喜びあった。確かにそこにあの日は存在していたのだ。幸せだった1日が中々日の目を見ないから、もどかしさとモヤモヤがずっと消えずに残っていた。そのモヤモヤをやっと成仏させることができて、スッキリした気持ちとホッとした気持ちだった。ここまでの3年はとても長かった。
2023年。ジャニーズ問題勃発。私は事務所との決別を決め、残していたグッズのほとんどを処分した。嵐もV6も、泣きながら処分した。ジャニオタだった過去の自分を否定しながらこれから生きていくのが正しい道だと思ったから。
2024年11月。嵐25周年を記念して、今までDVDのみだったライブ映像がBlu-ray化されて発売されることになった。その発表を見て、ふと嵐のライブを久しぶりに見てみたくなった。しかし二度ファンを辞めている私の手元に嵐のライブ映像はひとつも残っていない。そこで私は新しく発売されたものを購入してみることにした。選んだのは2007年の「Time‐コトバノチカラ‐」。昔、友達に貸してもらって見て、嵐を更に好きになったライブだ。届いたBlu-rayを見始めると、私の胸は懐かしさでいっぱいになった。そこにはドーム会場でライブができる喜びを全身で感じている嵐がいた。それこそ私が好きになった嵐で、コンサートは夢の空間だと信じてやまなかった中学生の私も一緒に蘇ってきた。懐かしさで涙が溢れて、そのとき私は「本当は嵐を好きでいたい自分」の気持ちに気づいた。
そして私はもう一度嵐のファンクラブに入ることを決めた。私にとっての理想のファンとは真逆の出戻り行為である。そこに後ろめたさがなかったと言えば嘘になる。だけどやらない後悔よりやる後悔、そう自分に言い聞かせて新規入会手続きをすることにした。
好きだったもうひとつのグループ、V6は解散してしまいもうファンクラブは存在しない。今でもV6のことは好きだけど、ファンクラブに入ることはできないのだ。でも嵐は違う。活動はしていなくても、ファンクラブは存在している。活動を再開するつもりだと言っているようなものだ。だったらファンとしてそのときを待っていようと思うようになった。
以前抱いてしまった不信感は消えていない。今思い返しても「なんであんなことになったのだろう?」と思う。だけどそれは仕方なかったんだと思うことにした。全部が全部、自分の理想通りには進まない。人それぞれ理想は違うから、当時の嵐にはそれが最適解だと思ったのだろう。そう考えるようにして、あとは時間に解決してもらうことにした。
私は自分が正直者だと思っていた。だけどこれまでの一連の出来事を書いていて、全く正直に生きていないことを痛感した。シューティングに一緒に行った友達にファンクラブを辞めていたと伝えたのは再入会をした後だし、再入会をしたことをその友達以外には誰にも伝えられていない。というか「嵐のファンクラブ?やめたままだけど」と嘘をついている。嵐に不信感を抱いたときに散々愚痴をこぼした手前、今更「また入会した」と言えなくなっているのだ。全然正直に生きていない。誰かに今までの気持ちを言いたいけど、真面目キャラで生きてきた自分を壊したくなくて言えなくて、こうしてブログに長文を投稿しているところとか、私の理想に反する行為だ。自己嫌悪にすら陥ってしまう。
だけど好きな気持ちに嘘をつくのもしんどくなってきた。好きになったり嫌いになったり無関心になったりまた戻ったり、誰にも迷惑をかけていないし、それでもいいじゃないかと開き直ることにした。理想はあくまで理想、理想と現実は分けて考えなければならない。これが今の私の現実なのだ。過去を否定することは無いので、グッズを手放したりファンクラブをやめたことは後悔していない。そのときの私にとってそれが最適解だったのだろうから。
理想を言えば、この先嵐のファンクラブが無くなってしまうまで私はファンクラブをやめないつもりだ。これから手にするグッズも手放さないと決めている。だけど理想は理想。現実はきっと違う。衝動的な行動をとってしまうかもしれない。理想とは違う現実を生きていくしかないのだ。アイドルのファンはやめられない。これが今の私の最適解だ。