今日もエンターテイナーに生かされている

流行にはワンテンポ遅れて乗るタイプ

「君たちはどう生きるか」

宣伝もあらすじもキャストも何も知らされず映画を見られるなんて、今後そんな経験できないかもしれないと思い、ネタバレが出回る前に観に行くことにしました。

ジブリの最新作を映画館で見るのは「崖の上のポニョ」以来。

ソワソワしながら映画館に入ると超満員でした。

世間からの期待値の高さが伺えます。

 

以下、私の所感が含まれます。ご留意ください。

 

 

 

 

 

そんな中でこの作品を見て、難しくて私にはよく分からんかった、というのが総じての感想です。

世界線の変化が多く、理解が追いつく前に次の展開、次の展開、と進んでいき、気付けば終わっていた感じでした。

ポカーンとしながらクレジットを眺め、必死でこの映画を通して自分が感じ取ったことを探しました。

よくこんな設定思い付いたな。

出てきたのはこの一言だけでした。

 

私は、ほとんどのジブリ作品は金曜ロードショーで履修した日本人によくありがちなジブリ遍歴の持ち主です。

でもこの世で一番好きな映画は「千と千尋の神隠し」で、セリフを暗記してしまうくらいにはこの作品を愛しています。

ジブリオタクというより「千と千尋の神隠し」オタクなわけです。

だから宮崎駿だからどう、高畑勲だからどう、宮崎吾朗だからどう、という違いはあんまり分かっていません。

 

分かっていない私がこんなことを言うのはお門違いかもしれませんが、今回の「君たちはどう生きるか」は宮崎駿が監督の作品だ、ということが結構重要ポイントかもしれません。

見終わってから、見どころがどこだったか思い出そうにも上手く思い出せないもどかしさも、「宮崎駿が伝えたかったことがこの作品には詰まってたんだ」と思えばそんな雰囲気があった気がすると思えなくもない。

他の監督の作品だと「微妙だった」で終ってしまうところを、そう思わせないのが宮崎駿という人間力で、その人間力から作られた作品だったからだと推測します。

 

とは言え、公開直後の満員の映画館に詰めかけた人の中で、この作品が何を伝えたかったのかを言語化できる人が果たしてどれくらいいるのかは未知数です。

隣で一生懸命見ていた子供がどう見たのか、理解できたのかも分かりません。

表現者として生きていない私に理解できなかっただけかもしれません。

宮崎駿を崇めている芸術家の私の友人は違うことを感じているかもしれません。

 

気になる人は映画館に足を運んで観てきてください。

何かを得られるかは確約できませんが、観て後悔は無いと思います。

部屋から時計をなくした

部屋に置いていた置き時計を撤去しました。

一人暮らしなのに時間に縛られている自分に危機感を感じたからです。

 

私の家族は、というより母は、きっちり時間を守る人です。

家に帰ってきてから常に時間と戦っている母でした。

その心には「1分1秒でも早く布団に入って寝たい」という母なりの理由があったそうです。

そんな母とほとんど二人きりで過ごしていた幼少時代だったので(父は仕事人間で夜中に帰宅する毎日だったので)、私も常に時計を気にしながら過ごすことが癖になっていました。

お陰で遅刻とは無縁な、とてもきっちりした大人に育ったわけなのですが、時間を守りすぎる癖が私を苦しめることもあります。

 

誰かと一緒に行動しているときは、時間はとても重要なもので、他人との共通の基準になります。

ですが一人でいるときはどうでしょうか。

誰とも時間を共有していないのに、常に時間を気にして「昨日より1分遅い」とか「この家事を◯時までに終わらせないといつも通りじゃない」とか。

もはやタイムアタックです。家事のタイムアタック

そして時間をきっちり守る癖がついている私は、このタイムアタックに常に勝たなければならないと自分に暗示をかけていました。

 

あるとき、全ての家事を時間通り終わらせたのに、嬉しくもなんともない自分に気づきました。

何でこんなに急いで家事をしているのだろうか。別に家事を終わらせてまでやりたいことも無いのに。

その気づきは無力感に繋がり、自分は何のために生きているのだろうか、と飛躍した思考に行き着いてしまいました。

 

苦しいし、とても危ない。

せっかく自分一人の空間を手に入れて好きなように時間を使える環境にあるのに、実家にいた頃と時間感覚がまるで変わっていません。

これからは自分だけの時間軸をつくって、自分だけの時間感覚で生きていこうと思い、部屋の時計を仕舞うことにしました。

 

時計を置いていた場所にはお気に入りのポストカードを置くことにしました。

その場所を時間を確かめるために見てしまう癖はなかなか抜けませんが、その度にお気に入りのイラストが目に入り、心がホッとできます。

 

何時までにご飯を食べよう。

何時までにお風呂に入ろう。

何時まで勉強しよう。

規則正しい生活を心がけましょうと言われた学生時代には、きっと「時間を守れる人間になりましょう」の意味もあったのだろうと思います。

もう時間を守れる大人になったので、この呪縛から自分を解き放ってしまうことにします。

 

お腹がすいたらご飯を食べよう。

入りたい気分のときにお風呂に入ろう。

集中力が持つまで勉強しよう。

誰に強制されなくても、自立できる大人はこんな風に自分だけの時間を楽しむんだと思います。

仕事が暇ってのも辛いんだよ

最近の私の悩みを聞いてください。

それは「仕事が暇すぎる」ということです。

 

前職で営業をしていた私、販売先がそこらへんにあったので、飛び込み営業、テレアポノルマの毎日でした。嘘です。そんな毎日を送る前に研修中に辞めました。

飛び込み営業は私には苦痛でしかなく、迷惑そうに断られると、まるで私が犯罪を犯したのではないかというレベルで罪悪感に見舞われてしまうからです。

 

大学時代はアルバイト一色で、結婚式場で披露宴会場のスタッフとして色んな仕事を任せてもらっていました。

自分で言うのもなんですが、割と仕事ができるタイプでした。

「自分は仕事が要領よくできるタイプなんだ」とアルバイト時代の成功体験を武器に意気揚々と社会人生活をスタート、その瞬間鼻をへし折られました。

 

「飛び込み営業して人に迷惑をかけるなんて、私は最低な人間だ」と自分を責め、体調を崩して退職しました。

 

数ヶ月間休んで、2度目の就職活動の後、今の会社に就職することができました。

入社3日目で、オフィスの雰囲気に慣れ、3日しか出勤していないのに1ヶ月くらい経ったのか?というほどリラックスしていられる自分に驚きました。

こういうのが「自分に合った会社」というのだろうな、と。

 

最初は仕事を覚えるのに必死で、比較的仕事量の比重が多い午前中で体力と気力を使い果たしてしまうと、お昼ごはんを食べながらウトウトしてしまうこともあるほどの忙しさでした。

しかし段々と気づきます。

ここでの仕事はあと何年あるだろうか。

正直、人がしなくていい仕事を無理やり人がして、その結果ヒューマンエラーが起きてしまうことが多発しています。

そのミスを無くすために何度も何度も人が見直しをして防ぎます。

多分、DX化すれば真っ先に無くなる仕事だろう。

入社して10日で悟りました。

 

基本的に受け身の仕事です。

お客さんからの注文や問い合わせが無いと、私の仕事もありません。

だから暇なんです。

注文も問い合わせも無いから。

仕事が無い×在宅勤務は、もはや有休です。

いつもドラマを1〜2本見れてしまいます。

そんな話を友人にすると「仕事しろよ!」と言われました。

 

いやだから!する仕事が無いんだよ!!

働きたくないが口癖の堕落人間じゃないんだよ!

むしろ大学時代はバリバリ働いて、自分で責任ある仕事にバンバン就いて、社員さんとの華麗な連携プレーを後輩に披露して、「憧れます!!」って言われて、惜しまれながら卒業した伝説のバイトだったんだよ!!!!

なのに、なのに、、、、!!!!

 

 

楽したいわけじゃないんだけどなぁ。

楽したいと思われているのは心外だなぁ。

 

だから最近勉強をはじめました。

情報セキュリティマネジメント試験です。

大学時代にITパスポート試験に合格した経験があったので、情報処理は苦手ではないと思っています。

両親共にIT企業で働いているのもあると思います。

普段の仕事で達成感が全く無いので、これを久々に味わいたくて受検することに決めました。

会社にはダマで仕事中にコソコソと勉強しています。

この時間は楽しいんですよね。

試験まであと2週間なので、そろそろ緊張してくる頃です。

 

 

自分の能力の20%くらいしか発揮していない今の仕事。

何度も転職を考えて、あの頃のウエディングの仕事に戻ろうかと本気で悩んだりもしましたが結局辞めていないのは、今の会社の社風や人や売っている商品が好きだからです。

でもさすがにこれだけ仕事中に時間が有り余っていて、自分の能力を十分発揮する場面が無いとなると、自己肯定感が爆下がり中なので、こんな本を買ってみました。

 

 

多分あと10年も経てば私の仕事は無くなります。

その時の私はまだ30代。

その日が来ても「これができます!」と胸張って言えるように試験勉強に勤しむことにします。

 

この有り余っているエネルギーを発散する方法があればご教授いただきたいものです。。

ちなみに弊社、副業は禁止されておりますぴえん。

『怪物』

見終わった後、一番最初に思ったのが「これは、大人が書いた子供の話だ」ということ。

もう取り戻すことはできない子供心を、今程欲しいと思ったことはありません。

 

この映画は何も前情報を入れないで見ていただきたいので多くは書きません。

見た人それぞれが違った感じ方をすると思います。

 

是枝監督と坂元裕二さんの日常の描き方と、坂本龍一さんの美しいピアノの音色はスクリーンで見る価値あり、です。

間違いだらけのドリップコーヒー

おはようございます。

なんと平日よりも早く起きてしまい、時間を持て余しているので一本書くことにします。

 

私はコーヒーを飲むのが好きです。

コーヒーが好きなのではなく、コーヒーを飲むのが好きなのです。

だから、コーヒー豆の種類やら淹れ方やらをこだわるわけではなく、お湯を注いで完成のインスタントコーヒーを毎日飲んでいます。

 

ですが、時間があるときはドリップコーヒーを淹れる時間を楽しんでみたりもしています。

数年前に自分への誕生日プレゼントとして、ハリオv60のドリップセットを購入したことがきっかけです。

それから見様見真似でコーヒーを淹れてみているのですが、どうもおいしく淹れられず、渋み?みたいなものが残っていて、とてもおいしいとは言い難かったのが正直なところ。

おいしく飲めず、手間だけがかかってしまうと、どうも遠ざけてしまいます。。

せっかく買ったのに使いこなせないなんてもったいない。


そこで!この渋みの原因は何か、調べることにしました。

いささか調べるのが遅い気もしますが、まあ調べ出しただけ偉い!

調べてみると、私の淹れ方にいくつか間違いがあることを知りました。

 

①適切な温度でない

今までお湯はブクブク沸騰させて、そのお湯でそのままドリップしていました。

しかしこれは間違いだそうです。

 

コーヒーを淹れるのに適切な温度は85度前後。

 

これを知ってから、電気ポットで90度くらいまで沸かし、ケトルにお湯を入れ、少し冷ましてからドリップすることにしました。

 

熱々がいいと思い込んでいたので、こんなこと考えもしませんでした。

 

 

②抽出する時間が長い

これは盲点でした。

ズバリ、渋みの原因は抽出のし過ぎ。

コーヒーを淹れるゆったりした時間にうっとりと酔いしれていた自分は間違いだったようです(笑)

 

抽出時間は3分が目安とのこと。

タイマーで計りながら淹れるのが美味しく淹れられるコツだそうです。

時間をかければかけるほどいいと思い込んでいた・・・目から鱗です。

 

 

この2つを意識すると、コーヒーの味が劇的に変わりました。

そうそう!お店で出てくるコーヒーってこんな感じ!

おかげでドリップコーヒーを遠ざけることなく、コーヒーライフを楽しんでいます。

 

何事も調べるのは大事ですね!

 

そう言えば見ようと思ったんだった

金曜日の夜は夜更かしをしたくなります。

Amazon Prime会員になってから、夜更かしと言えば専ら映画鑑賞です。

今回は『竜とそばかすの姫』を見ました。

 

細田守監督の作品は好きで見ているのですが、タイミングが合わずずっと見ずにいました。

映画館で見なかったのは、公開されたときに否定的な評判をいくつか聞いてしまったのもあったと思います。

 

この日仕事帰りに、King GnuのCDを買おうとタワレコに行ってみると、同じ棚にmillennium paradeのCDも置いてあり、ポップにこの映画の説明が書いてありました。

そう言えば見てなかったことを思い出し、夜更かしのお供にすることにしました。

www.fashion-press.net

 

 

ボーッと見始めたのですが、導入シーンでこれは本腰を入れて見ようと思いヘッドホンで見ることに。

映像と音楽が圧倒美で、世界観に引き込まれるのにそう時間はかかりませんでした。

 

家で映画を見ると何かとゴソゴソと動きたくなって、集中力を欠いてしまうのがよくあるのですが、この映画はそれがありませんでした。

登場人物のふとした表情で心情の変化が描かれていたり、展開が脈略なく進んだりしたので、一瞬たりとも見逃さないようにと集中力が続いたんだと思います。

加えて、音楽部門で映画賞を獲っているだけあって壮大な音楽で視聴者を惹きつけているのだと感じました。

細かい音まで聞こえるようにヘッドホンを付けて見て正解でした。

 

映画館で見るとさらに没入感があったんだろうなぁと想像しながらも、似た体験を家でもできる世の中に感謝です。

 

クレジットを読んでいて、音楽の担当が岩崎太整さんだと知り、納得しました。

岩崎さんが音楽を担当した作品を好きになることが多々あったからです。

「dele」で岩崎さんの名前を初めて知り、その後「拾われた男」でも岩崎さんの名前を見つけ、それ以来私の好きな音楽をつくる方なんだと認識しています。

 

 

何かのきっかけがあって作品を見て、そこに今まで好きだったものが繋がってきてさらに好きになる。

自分が好きだと思えるものを増やすことは、平凡な人生を非凡に変える方法だと思います。

 


www.youtube.com


www.youtube.com

 

King Gnuのスタジアムライブに行ってきた話③

ライブが終わってからKing Gnuしか聞いていません。私の相棒ウォークマンに入っているKing Gnuの曲が少なかったので、配信盤を片っ端からダウンロードしてずっと聞いてます。

ライトなファンの余韻をこんなに長引かせるKing Gnu、恐るべしモンスターバンド。

 

vvvgourmet.hatenablog.jp

vvvgourmet.hatenablog.jp

 

King Gnu出てきたー!!

18時過ぎ、ついに開演です!
1曲目が始まると満員のお客さんが立ち始めました。ステージから発射されたエネルギーに引っ張られるように、徐々に徐々に。

立ち上がって拳を突き上げるほど「ファンです!」と言い切る自信が無いのが正直なところだけど、この時の私はライブTシャツを着ていて見た目はコアなファンの人たちと大差無かったと思います。このTシャツが無敵の私に変身させてくれました。

私も序盤から立ち上がって手拍子に加わりました。
ぐわぁっと何万人もの手拍子が一つになるとその音の厚みに感動して、自然と「おぉ」と声が漏れてしまいます。その漏れた声だって私だけではありません。何万人もの声です。その何万人もの漏れた声がやがて大歓声となってステージのメンバーを包んでいきます。

私は今、とんでもない瞬間に立ち会えているのではないか、このままこの世界の形が変わってしまうのではないかと錯覚したほどでした。

スタジアムライブの凄みはこれなのだろうな。これを味わいたくて、人はスタジアムに吸い寄せられるのだろうな。たとえ肉眼でアーティストが見えなくてもこの一体感は味わう価値あり、です。

ちなみに肉眼では見えたサイズは、両手を広げた井口さんが1cmくらいのミニチュアサイズ。唯一白い服を着てらっしゃったので見えやすかったです。
常田さん、新井さんは黒っぽい服だったので背景と同化していて、双眼鏡を覗いてやっと確認できました。
勢喜さんはドラムセットでほぼ見えずでした。

でも大丈夫!大画面モニターに高画質で映像が映っていたので何の不自由もありませんでしたよ!

 

歌いたい、歌えない、やっぱり歌いたい!

ライブTシャツを着ただけでファン気取りの単純な私。見た目を取り繕ったって、中身は立派な「にわかファン」です。

曲は知っていても、曲名と歌詞が分からない。
だから井口さんが客席にマイクを向けたって歌えないんです。歌詞の雰囲気は知っているのですが、詳しくなんと歌っているのかは知らず・・・。もっと歌詞を読んでおけばよかった、ともどかしい気持ちでいました。

ちゃんと堂々と歌えたのは「飛行艇」、「雨燦々」、「白日」、「Stardom」、「McDonald Romance」くらい。前4曲はシングルだからよく聞いていたのと、「McDonald Romance」は年末のCDTVで見たのを覚えていました。

今まで行ってきたアイドルのコンサートと違って、スクリーンに歌詞は出ないので、次に行く機会があるならちゃんと覚えて行こうと思います。

 

大合唱が続いて、ふと後ろのほうからとても上手い歌声が聞こえてきました。
「後ろに上手い人がいるんだなぁ」と思いながらよく聞いていると、客席に反響して後ろから聞こえてきた井口さんの歌声でした。
ステージの正面だったので、風向きによってはこんな聞こえ方もあるんですよね。。贅沢です。

 

周りにいた人たちのこと

ところで私が取ったチケットはもちろんファンクラブではなくて一般販売。ということは私の周りに座っている人たちも同じように一般販売のチケットを取った人たちなわけで。

普段邦ロックは聞かないような、私と同じようなライトなファンの人も多くて、その人たちの会話を聞いているのも面白かったです。

私の両隣は、ミュージカル好き親子とK-POP好き二人組でした。

親子のほうは音楽的完成度が気になったようで、一曲一曲終わるごとに「すご〜い!うま〜い!!」と井口さんの高音を褒めちぎっておられました。

K-POP好きのほうは、普段からアイドルを見ているからかビジュアルが気になるようで、細かく双眼鏡でステージを観察しておられました。常田さんが大画面に映ると「キャー!何この画角!映画のワンシーン!?」と興奮気味でした(それに関しては私も激しく同意していました。ドキッとさせる表情をされるんですね・・)。

そんな両側に挟まれて私は、手拍子をし、腕を伸ばしてリズムを取り、「フー!!」と一曲ごとに歓声を上げていました。

 

ライブの楽しみ方は千者万別で自由でした。それぞれが自由に楽しんでいる中で、どこかしらガチッと観客の「凄い!」ポイントが重なる瞬間があって、その瞬間沸き起こる大歓声がスタジアムライブの大きな意義なんだと思います。

 

人生観を変えるライブ

私自身、こんなに盛り上がれると思ってもいませんでした。
せっかくチケットを取ったのだから全力で楽しんでこようとは思っていましたが、一人で参加したのもあり、不安のほうが大きかったのが確かです。

周りの目を気にして、波風立たない凪のような生活を送っているから、周りに知らない人が大勢いる中で大声を上げる自分は新しい発見でした。
なんだ、こんな凪な生活をしていても、騒げる自分もいるじゃないか。
自分の人生の面白みの無さに嘆く必要なんてないじゃないか。

別に何者かにならなくても、こんな景色を見に行こうって思えてる、私はまだまだ大丈夫だな。私の人生、これからだって面白くなりそうじゃない!

 

当たり前の音ではないと思うんだ

音楽プレーヤーの再生ボタンを押せば音楽が流れ出す。
そんな感じで当たり前のようにいつも聞いている音楽が流れ出し、聞き慣れた歌声が聞こえてくる。それはこの場で生まれている音。紛れもない生の音。

もはやそれが当たり前だと思えているけど、この状況をつくるのはとても高度な技術が必要なんだろうなと思います。

一度でも生で聞いたらファンになると思います。嫌だって思ったり、現実を思い出させたりする瞬間が全く見当たりませんでした。
どこかに隙が見えて、その瞬間に「あぁ明日の仕事アレやらなきゃなんだった」と嫌なことを思い出してしまうのが私のあるあるなのですが、それが全くありませんでした。2時間ずっと「King Gnuかっこいい!!すごい!!」と思い続けていました。

 

こんな凄いものを見せてくれるんだったら、どうぞステージ上でいくらでもタバコ吸ってください!!!!(笑)

 

おわりに

何事も経験だ、の精神で行ったつもりが、しっかり熱せられて帰ってきました。
「きんぐぐにゅ」と読んでいた私が知ったらひっくり返るだろうな(笑)

自然と「次行くとき」を考えてしまった自分の単純さには笑ってしまいます。

ファンはこうあるべき、というガチガチの固定概念を自分で勝手につくっては勝手に苦しむ経験を嫌というほどしてきました。
今色んなジャンルに手を出していて、好きだと思えた物事には素直に従っていますが、またそんな思いをしないように自分なりにこの界隈を楽しんでいたいです。

本当に楽しかったです。
言っていいですか?King Gnuのファンになりました!!ありがとう!!!